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胡蝶の夢に習う

代表植竹のアクティビティ, 執筆

荘子が唱えた説話に「胡蝶の夢」がある。

 

 

ある事業の看板名を考えていたら巡り合えた言葉だった。

 

 

『夢の中で胡蝶(蝶のこと)としてひらひらと飛んでいた所、目が覚めたが、はたして自分は蝶になった夢をみていたのか、それとも今の自分は蝶が見ている夢なのか、という説話』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

恥ずかしながら今日の今日までこの言葉を知らなかった私は最初、「コロナ禍は夢か現実か」と安易に読んでしまった。

 

 

しかし、夢なのか現実なのかが問題なのではなく、いずれの自分もまた真なりと説かれている。

 

 

新型コロナウィルスCovid-19は自然が作ったのか、人間の手によるものか、人間の無意識の所業により突然変異したのかは分からない。

 

 

荘子が今生きていれば、「そんなの何の問題にもならない」と一蹴されてしまうだろう。

 

 

でも今、生きている我々は生活様式だけでなく、人生も変えるほどの転機が訪れている。

 

 

そんな渦中、私は大きな過ちを犯した。小さなこだわりにとらわれ、本質を見なかった。

 

 

あぁ。無為自然の境地にたち、人を赦せる人間になりたい。

 

 

株式会社チームのちから
代表取締役 植竹 剛

息子の将来 田舎暮らしを模索する

代表植竹のアクティビティ, 執筆

コロナ禍で、働く場所を選ぶ必要がないきっかけができた。

 

 

そして都会の喧騒にも少し飽きが出始めている。

 

 

まだ人間ができていないこともあり、どうしても他人との「比較」をしてしまう自分がいる。

 

 

私よりも容姿が良い、金を持っていそうだ、幸せそうだ。

 

 

このような「相対感」では生きている意味を失ってしまう危機感を抱くようになって数年経つ。

 

 

とはいえ、人がいれば無意識のうちにしてしまう課題を解決するには「人のあまりいない場所」へ移住することが今のところ最良の策と考えるようになってきた。

 

 

従前は、田舎は「暮らしにくい」という事実があった。近代文化に触れ続けて生きてきたので、情報を取得しづらい懸念があった。でも今は、ほぼそのようなことはない。

 

 

都会の現状を知るには、住む必要はなく、来ればよいのだ。お上りさんサイコウなのだ。

 

 

20代後半から30代前半の10年間はいろいろな場所へ転勤をした。

 

 

その時に思ったのは、田植えの時期にはかえるの合唱を聞き、

 

 

 

 

 

 

 

 

夏になれば風で稲同士がこすれ「サササ」という清涼を覚える音がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

秋には鈴虫や、「ボト」という音で「あ、栗が落ちたな」。

 

 

 

 

 

 

 

冬には「ガサ・バサ」という雪が木々から落ちる音、夜中の雷雲で目が覚める音。

 

 

 

 

 

 

 

 

このように身近な自然に触れていくことを決めた。

 

 

では、場所はどこにすれば?これは非常に難しい。

 

 

明日からまた「探す」旅が始まる。

 

 

週末、息子と話しをしようと思う。

 

 

株式会社チームのちから
代表取締役 植竹 剛

将来に備えて

代表植竹のアクティビティ, 執筆

どうしても電車移動をしなくてはならず、先日車内で1枚の中吊り広告を発見。

 

 

 

 

 

 

 

どうも2020 TOKYOオリパラの広告みたいで、ちょっと吹き出してしまった。

 

 

「一流のスイマーには羽がある」

 

 

競泳

水中を猛スピードで進む「競泳」。

 

ひとかきでより遠くの水を捉え、

 

加速するには”肩の柔軟性”が必要不可欠。

 

まるで羽が生えたように、背中に浮き出た

 

肩甲骨は、トップ選手の証です。

 

 

断言してるなぁ。でも正解。ちょっと挿絵の体つきには違和感があるが的は射ている。

 

 

でも息子はまだ「生え始めたかな」くらい。でも、肩の筋肉の柔らかさを買われ背泳ぎメインの種目に出場するようになった。

 

 

 

そういえば、競泳のナショナルチームが行う強化合宿では、プールサイドに天井から吊るされたロープがあり、選手は「背中」「肩」「腕」の筋肉だけでスイスイ登り降りをしているシーンをニュースで見たことがある。

 

 

ということで親バカ・ミーハーな私は自宅の庭木にロープをくくり付けることを決意し、週末にホームセンターにいくことにした。どんどんアスレチック施設になっていくのではと一抹の不安は・・・全くない。

 

 

やはり、私の父もそうだったが、私が野球に打ち込んでいたときは、どこからともなく「バッティングティー」や「グリーンネット」などがいつの間にか設置されていた。

 

 

そして、親父が腕を組んで見守られながら素振りを毎日300回した記憶がある。バットを握る握力がなくなり、バットを放り投げてしまったときは怒られたなぁ。

 

 

ここ2週間ばかり、親バカシリーズをブログで書いている。

 

 

最初は恥ずかしさもあったが、今はみじんもない。これがホントの「バカ」か。

 

 

でもバカの冠を頂くことで、本気の本気を親父の背中として息子にみてもらいたいものだ。

 

 

株式会社チームのちから
代表取締役 植竹 剛

 

 

これこそ、本当の親バカになった気がした。

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